先日のお客様とのお話しで旅行・・・それも一人旅の話しになりました。

学生のころ、ヨーロッパを一人で旅行しました。

友人たちと行きたい国が同じ時は一緒に旅をしましたし、私一人しか興味のない国もありましたのでそういう時には迷いなく一人で行くことを選びました。

一人ってさみしいし怖いから友人に合わせて、行く国を変えようかな(別にその国や場所に興味ないけど・・・)みたいな考え方は私には一切ありません。

私は私で行きたい国に行くし、友人は友人で行けばいい。

たまたま同じところを目指すなら協力して一緒に行けばいい。

 

いつも自分の心の声を優先します。
行きたい国に行くし、興味ない国は今は行かないという選択を心の声に従います。

 

そうして選んだ国がバルト三国です。

ラトビア、エストニア、リトアニア

(その他、イギリス、ドイツにも一人で行きました。)

英語もろくに通じない、私も現地の言葉を全然知らない・・・

自分の身を守れるのは自分だけ。
行先を決めるのも自分、ホテルをとるのも自分、乗り物や地図をみて歩くのも自分。

何もかも自分が考えて、行動して、その結果どうなるか、全部自分の責任なんです。

そうなると自分の生命力とか野生のカンとか心の声ってすごく大事になります。

この路地は通って大丈夫か?
このお店は入って大丈夫か?
このホテルは安いけど安全か?
この列車はちゃんと目的地に着くか?
トイレの水が流れない・・・どうすればいいんだ!
国境越えは何時になるか?
パスポートは何があっても守らねば。

全部自分ひとりで決めるので忙しいし、緊張するし、たまにミスって大恥かいたり・・・

だけどいくつもの国に色んなパターンで行きましたが、10年以上たった今、最も鮮明に記憶が残り、嬉しかったり、楽しかったり、ハラハラしたり、いい経験したな~って思える旅行って一人で行った場所なんです。

その時の風景がリアルに思い出せるのはほとんど一人旅のもの。
たぶん、同じような記憶だとしても、ハラハラやドキドキ、ワクワク、緊張、安心、達成感などの感情が強ければ強いほどその前後の記憶が同じくらい鮮明に残るんだと思います。

お膳立てされたり、友人に頼り切りでいた旅行の記憶って薄くて思い出せないものばかり。(ごめんなさい)

人生も旅行も一緒だって思うのです。

基本的には一人旅。
でもたまたま目指す方向が同じ人がいれば一緒に協力します。(これは家族や友人)

日々の生活だって自分の心の声に従って自分で行動して責任を取る。

そうすれば薄くて記憶に残らないような後悔の残る人生にはならないです。
自分で決めた国に行って、後悔した場所は何一つないです。
大恥かいたことすらいい記憶、笑い話として語ります。

いろんなことを他人任せにしているから、後悔するし楽しくないし危ない目に合うんです。
いろんなセンサーがにぶるので。

一人は恥ずかしいとか、さみしいからヤダとかそういう心があるうちはまだ自立した人間になれていないんです。
一人は怖い、はセンサーが鈍っているので鍛えなおす必要があります。

そういう心があるうちは、他者に依存しているのだと自覚した方がいいです。
(一人で行かせないぞ、というのも依存だと思っています。お互いの自由を尊重できていない)

依存はダメ、絶対!

というわけで、今からでも、家族がいてもいなくても、日本でももちろんいいので行きたい場所には一人で行きましょう。
そして日々の生活も一人旅だ、という気概で暮らしていきましょう。

自分の精神が自立すると、他人の自由を尊重できるようになります。

ラトビアのお土産屋さんでのことです。
おばあさんがお土産をいろいろ説明してくれているとお孫さんが帰ってきました。

「私、日本語を勉強しています。」と突然言われ驚きました。

こんな小さな子が日本語を?!
しかも話ができるレベルまで。。。

日本語と英語を交えながらの交流は本当にうれしくてうれしくて今でも強烈に残っている記憶の一つです。

そこで買うと決めたお土産の値段・・・おばあさんはちょっと高い値段で私に言ったようです。
そこでお孫さんがびしっと、その値段は高すぎる、みたいなことを現地の言葉でおばあちゃんに言ってくれたようです。

すぐに値段を下げてくれました。

日本語での交流もうれしかったけど、その子の心の在り方みたいなものもすごく嬉しくて感動しました。